ありがたや。。。
会場は上海大厦を選びました。上海でも指折りのオールドホテルの一つです。
今年も結婚式ブームが上海で続いているため、3フロアのレストランはすべて式場になっていました。すごいものです。
それでも、私たちのように2回も式をする人はそういないでしょう。
第1回目は主に私の親せきが、第2回目は主に妻の親せき・友達が参加してくださいました。
妻は、文革でややこしかったころ、無錫で育てられていたこともあり、無錫からも大勢の親せきがやってきました。
無錫は、いまでこそ新幹線に乗れば1時間弱でつきますが、その当時は4時間〜5時間はかかったそうです。それだけに、中国人の感覚では非常に遠いわけです。
私たちが上海大厦を選んだのも、そうやって遠くから来てくださった人達に、上海の美しい夜景を堪能してもらいたかったから。
2回目の結婚式も、結局業者は呼ばず、自分たちでやりました。といっても、ホテルがすでにケーキやシャンパン、お花、受付などを準備してくれていたので、あとは友人の医師に司会をお願いしてこれまたアットホームな式となりました。
2回目となれば、ある程度慣れたものです。
前回の結婚式では、とにかく日本から来た親戚に私の妻もかなり緊張気味で、私も忙しさに紛れて、余韻に浸る暇もなかったのですが、今回はちょっと違った。
新郎・新婦のあいさつのとき。。
無錫から、小さい時から母親代わりに妻を育てた親戚たちの顔を見ると、妻も感極まって、思わず声が出なくなりました。
これまで、十年近く妻のことは知っているけど、泣いている姿を見たのは今回が初めて。
無錫時代の思い出が、走馬灯のように目に浮かんできたといっていました。
中国の時代背景からすると、ちょうど日本の団塊世代の子供のころのような社会体験を、今の上海の青年たち(30歳前後)は体験しているわけで、貧しさや社会のあつれきを、私以上に実体験している世代でもあるのです。
妻のように、文革の関係で親と離れ離れに育てられた人も少なくないのです。
妻の涙を見て、私も思わず胸が熱くなってしまいました。
今回の式で、私にも本当の意味での中国の親せきができたことを実感しました。
実際には、妻方のどの親戚ともかねてから交流があったので、まったくの他人というわけでもなかったのですが、こうやって数十人の親せきにも祝福されて、私は非常に感動しました。ありがたい限りです。
私の世界が、なにか急に広くなった感じです。
さあ、結婚式ロードはまだ続きます。
3回目の結婚式は日本で計画中です。
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