2009年09月29日

「漫遊(ローミング)」のカラクリ

 10月1日から中国聯通が、いよいよWCDMAの3G方式の携帯電話サービスを、これまでの試験運営から正式運営に切り替えるのですが、オペレーターの電話対応などを見ている限り、まだまだ内部での統制に問題がありそうです。

 前回、日本への出張前に、15日間の短期国際ローミングを設定しました。しかし、いざ中国で買ったiPHONEを持って日本に行ってみると、前半3日間は使えない!!ドコモとソフトバンクの信号は拾えているのに、ずっと圏外状態。ところが、クレームの電話を国際電話で中国にかけているうちに、ある日突然使えるようになりました。

 そして、1週間後。。。
 上海に戻ってきてイミグレの待ち時間の間に、国際ローミングを停止に電話しました。万が一、携帯電話が盗まれたりして、勝手に国際ローミングされたらたまったものではないですから。

 それからしばらく、上海市内で活動していたので、いたって普通に電話は使えていました。

 そして、先日の昆山出張では、江蘇省に入った瞬間に携帯電話が圏外になってしまいました。これじゃあ、ますます使い物にならない。詳しいエピソードは該当ブログを見ていただくとして、今日、その原因が分かりました。これは単なる聯通側のミスでしょう。

 まず、聯通の「国際ローミング15日用」を開通させていたハズなのに、実際には開通されておらず、その後の私の日本からのクレーム電話でなんと無期限の国際ローミングが開通されていました。つまり、その直後から日本での通話が可能になったということです。
 

フラッグシップ店でもある中山公園の聯通営業所はそれなりにしっかりとした対応でした。


 その後、上海に戻って私が浦東空港のイミグレから国際ローミング停止を電話したのにもかかわらず、ちゃんと停止されておらず、それが現在までずっと継続されていました。

 問題はここでした。つまり、聯通のシステムでは、国際ローミングと国内ローミングは同時にできないそうで、国際ローミングをしているときは、国内ローミング(すなわち、私の場合なら上海以外のエリアで通話)が自動的に停止されると言うことです。

 このことについて、聯通の電話オペレーターは誰も知らなかった。。。。

 だから、江蘇省に出張にいったときに、私が国内ローミングできないのは同然ということになります。

 聯通の3G携帯電話で国際・国内ローミングをされる方、できることなら電話で手続きをするのではなく、営業所にいって話をつけた方が確実です。どうも、電話のオペレーターは「愛想」はいいけど、しっかりと仕事をしていないように思います。

 というわけで、謎が解けたように思います。ただ、国内ローミングに関しては、最近出張チャンスがないので、今度チャンスがあれば実証したいと思います。

 でも、中国の電話のオペレーターはこわい。知識が無いことは仕方がないですが、知らないことはちゃんと「知らない」と言ってほしい。少なくとも、間違ったことを主張して最後まで突き進むことだけはやめて欲しいです。これも生まれつきの「中華思想」の一つなのかもしれませんが。

 


 おかげで、私は勉強になりました。それでもWCDMAは便利なので、聯通の3Gが普及するに従って、同じような問題にぶつかる人が出てくると思いますので、ブログに残しておきます。ぜひご参考に。

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結局は、自分で解決しました。
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posted by 藤田 康介 at 00:00| 未分類

2009年09月28日

35周年記念

 というわけで、今日は私の記念日です。

 高校・大学時代の親友、仕事の仲間などから祝福のメッセージを沢山いただきました。うん、昔のガールフレンドからも。いつもとなんら変わらない1日かもしれませんが、私の事を覚えてくださっている人がいると思うと、嬉しい限りです。

 毎年どんな誕生日を過ごしていたのか?こういうときブログを見ると楽しい。

 2008年はバンクーバーにいました。「カナダにも簡単にいけない」

 2007年は崇明島にいました。「誕生日のプレゼント」

 2006年は妻(あ、その当時はガールフレンドか)四川料理を食べに。「今年の誕生日は四川料理で」では、結婚うんぬんと書いているので、次の人生をいろいろ模索していた時期だったようです。

 2005年はどうやら上海にいたようですね。「あ、そうだったんだ!誕生日・・・・。」みたいな事を書いています。このころ、うちのサイトでブログをする人も殆どいなかったし、私もあまりマメにブログを更新していませんでした。

 さて、2009年の私の誕生日はというと、そりゃもう革命的にいつもと違います。それは、娘の存在。
 去年の私の誕生日のとき、すなわちバンクーバーに行っていたころは、まだこの世に登場していなかった一つの生命と今年は一緒です。

 

 今年は家で私の帰りを待つ娘に会いたくて、美味しいレストランへディナー、なんてことはなかったけど、帰りに時間を合わせて妻を「自転車」の後ろにのっけて家路を急ぐだけでも、なんか楽しいと感じる今日この頃です。

 そういう楽しみがあるだけで、世間は不景気や、雇用の問題、稼ぎや儲けがどうのこうのと言っているけど、考えてみれば、そんなことど〜でもいいんですよね。

 仮に無一文になっても守るモノがある、そんな安心感を与えてくれるのが家族であり、私にとってはエネルギーになってくれています。

 妻とはいつも「自然体で生きよう」と言っています。同じ中医学を勉強してきた仲間であっただけに、そういう話は妙に通じるところがあると思います。そういうのは、パートナーが上海人であろうと日本人であろうと関係ありません。

 今日からついに、30代の後半に突入しました。私にとっては、まだまだ充電しないといけない時期なので、はっきりいって勉強することで一杯です。
 中医の世界では40代、50代でもまだ青二才と呼ばれても決しておかしくないのです。なんせ、80歳でも現役の世界ですから。

 2009年に入って大きく変わってきたことは、人とのつながりが格段に広がったと言うことです。それも、組織や会社などを通じての「機械的」なつながりではなく、私自身、すなわち生身の「藤田 康介」と外のつながりが増えたと言うことは、ここ最近の大きな変化だと思います。人生の先輩にも沢山巡り会いました。

 これが、今後、どのように昇華していくのか、楽しみにしています。

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posted by 藤田 康介 at 00:00| 未分類

おまるが走る

 昨夜は、奈良県人会の某幹事の送別会。

 最近、人事の入れ替わりの為か、帰国される方が多いように感じます。上海駐在というのは4〜5年サイクルが多いわけですが、なんか一番充実して、これからという時期に帰任なんてもったいないように思います。

 私もこれまで何人の人たちを見送ってきたか。

 まあ、私はあとしばらくは中国を動くつもりはありません。私のプラン通りにがんばるのみ。ここまで来れば、いけるところまでとことんやりますよ。

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 さて、今日のブログも育児日記からスタートですが、うちの娘、おまるを押して歩けるようになりました。

 「おまる」といっても、まだまだ娘が使えるわけではなく、娘にとってはおもちゃのような存在なのですが、非常に安定しているので、手押し車のようにして歩くのには非常に都合が良さそうです。

 お尻をあげてのハイハイはもうお手のものですが、さあ、本格的に歩き出すのはいつ頃か、楽しみです。

 今週の娘は、妻と私の勤務時間を見計らって、閔行と浦東を行ったり来たりすることになります。近いといっても、片道40分のタクシー移動なので結構交通費が大変です。



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Mさん、お元気で!また大阪で。
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posted by 藤田 康介 at 00:00| 未分類