2012年03月20日

NHKあさイチの漢方特集をみて〜日中の伝統医学に思うこと〜

 最近、日本でちょっとした漢方ブームなんです。本来は、我が愛しの上海へ 2にかくべきテーマでしょうけど、あえて広く皆様に知って頂きたかったので、ここに書きました。

 伝統医学の携わっている私としては、大変嬉しいことです。だけど、中医学をしているものとしては、決して手放しでは喜べない点もあったりします。

 まず、漢方ブームというのは決して中医学ブームではないということ。「え、違うの?」とよく聞かれるのですが、漢方と中医学ははっきりと違います。ところが、事情をよく知らない翻訳家やさらに中国人の中医学の医師まで、中医学と漢方医学を同じモノだと勘違いしている。

 これは訳した人の認識不足によるとんでもない誤解なので、私はあえて言いたい。中国で「漢方」という言葉を使うときは、慎重に対応する必要があると。

 よく分かる例は、私が今年2月に東京医科歯科大学での学会で経験した、漢方VS中医学の構図はよろしくないを読んで頂いたらと思います。

 日本では、中国と違って伝統医師のライセンスがありません。つまり、西洋医師の先生方が、学会活動などを通じて伝統医学を勉強されているわけです。その中で、日本で圧倒的な勢力を持っている日本漢方(和漢)を勉強された先生方と、中医学で取り組んでいる先生方、さらに両方やってらっしゃる先生方など色々おられます。それはそれで、各分野の特徴を臨床で活かせていけばいいのですが、学術的な話になると、悲しいかな、なかなか共通項が見いだせていないのが現状なのです。(近い将来には変わると思いますが。)だから、鍼灸なども含めた日本漢方の総合的な医師ライセンスの設立を切に望むわけです。難しいかもしれませんが、全世界に日本漢方の存在を示し、そのレベルを上げるためにも、そうした医師ライセンスを作って方向性を示して欲しいです。もちろん、中国の中医師同様、漢方医ライセンスは、西洋医学的な知識も勉強するのが前提です。

 話はそれました。

 さて、19日朝に放送されたNHKあさイチの漢方特集をご覧になった方なら分かるでしょう。

 あの番組で紹介されたのは、やっぱり日本漢方なのです。明らかに中医学ではありません。その証拠に、コメントされた先生も、中国伝統医学とは違うという認識をはっきりとおっしゃっています。中医学も日本漢方もルーツは同じなのですが、発展してきた方向性が違うのです。

 たとえば、薬一つにしても、現代の日本漢方は原則的に単味が複合されたエキス剤。もともと、日本漢方も過去に遡れば煎じ薬がメインだったわけですが、保険適用の問題もあり、あらかじめ作られた決まった処方を出すのが一般的です。一方で、中医学はいまだに煎じ薬や単味のエキスがベース。教科書的な決まった処方に対して、患者さんの症状にあわせて単味の生薬を加えて加減していきます。実はより細かかったりするのです。日本のようにあらかじめ複合されたエキス剤を使うことはあまりありません。

 また、中国産の生薬の農薬などの問題も心配されていました。我々の場合、上海で正規に流通している生薬を使っていますが、GMP認証を取得しなければなりません。巷で売られている、だれでも手に入る生薬とは違います。ただ、日本はいまだに生薬原材料の大部分を中国に頼っていることは事実です。もちろん、厳しい基準がありますので、安全性ではまず問題ないと思います。

 ただ、番組をみていて一番感じたこと。

 それは、漢方ブームが起こっているのに、日本人の生活文化の中に、伝統医学の影がほとんどなくなってしまったことです。これはおそらく、東京をベースにした放送なので、日本でも田舎にいくといろいろ「おばあちゃんの智恵」的な伝統的な考え方が残っているようだけども、大都会では我々本来の人間の感性に基づいた伝統的な健康への常識が、いま殆ど感じられません。先人たちの智恵が忘れられているのです。
 本来はそういったものも含めて、漢方医学や中医学であるべきなのですが、やたら漢方薬ばかりが強調されている。さらに、薬さえ飲めば「体質改善」が出来てしまうと思わせてしまうところにも、私は、非常に危惧しています。
 なぜなら伝統医学の本質は、自分自身の力で病気を治さなければいけないという点だからです。いってみれば、伝統医学で体を治すと言うことは、患者さん自身の日々の努力の結果であり、医師はあくまでもその力を引き出す手助けをしているにすぎないからです。
 

 「未病」という言葉は、番組でもよく出てきました。未病とは、病気になるまえに予防するという意味と、病気になってからも病気の発展を防ぐという意味があります。

 しかし、この言葉にはさらに我々医師に対して、訓示とも言える大切な言葉があります。それは、「上工治未病」というもので、病気になる前に病気を治せるかどうかが、医師のレベルを示すものであり、決して症状が出てから(病気になってから)病気を治すものではないという考え方です。

 そのためには、まず体を鍛え、精神的にも安定させ、睡眠や食べ物に注意を払う、というのが最も大切で、その最後に漢方薬(中医薬)による治療を行うというのが原則なのです。
 実は、中医学も漢方医学もこの生薬服用にまでにたどり着く前段階で様々な健康保持のための手段がありました。残念ながら、今の日本では、漢方の病院にいっても、そうした手段はなかなか教えてもらえませんが、中国の場合、日常生活に自然と取り込まれていることは、中国にいらっしゃる皆さんなら実感できるでしょうし、医食同源などの言葉からも分かります。私は現代の中医学と日本漢方を比較したときの大きな違いではないかと思います。

 従って、本当に「体質改善」をするのならば、「漢方薬を飲んで終わり」という発想でなく、それをとりまく日常生活に関するあらゆる「生活改善」の手段を試してこそ、中医学や漢方医学の本来の姿であり、その効果を持続できるのです。もちろん、その中にはお灸や鍼なども含みます。例えば、簡単な例として、鍼灸ダイエットして、体を絞ることができても、リバウンドしてしまっては何も意味がないのです。

 興味深いことに、中国のテレビで中医学がテーマとなると、まず養生の話が突出してきます。文化的に、中国人はそうした中医学的養生を受け入れやすい素地があるようにも思います。科学的エビデンスを真っ先に求めがちな我々日本人とは、ちょっと違うかもしれません。このあたりのテーマは、日本の『中医臨床』2012年3月号にも論文を出しています。

 しかし、日本人は薬が好きな国民性だと思いました。やっぱり、漢方薬を先に飲んでしまうのでしょうね。病気の状態になるまでに、体の異常に対応出来る手段が、我々日本人にはあまりないのが残念です。

 それでは、最後に私の立場は?というと、やはり中国で勉強してきたものの一人として、私の治療思想は中医学がベースとなっています。しかし、積極的に日本漢方の考え方も取り入れてきました。なぜなら、我々日本人の中に活きているからです。
 さらに日々、日本の先生方と交流を続けている中で、日本漢方の良さも感じるようになってきました。まだまだこの伝統医学の世界に入ってきて17年程度と時間は短いのですが、途切れることなく臨床活動は継続してきました。そして、日本・中国の色々な学会にも顔を出しつつ、それぞれのメリットを取り入れた治療法をすすめていきたいと研究しています。(その一つが、ライフワークでもある温泉でもあるのですが。。。)

 その点、中医学というのは包容力が大きいような気がします。中医学のベースは、そもそもは各流派が集まってできたある種の「よせあつめ伝統医学」の体系化です。いわゆる、各家学説がベースなのです。さすが、中国らしいですね。

 どんな医学にしろ、最終的な目標は、人類の健康に貢献することです。その目的を達成するためには、あらゆるものを試してみようではありませんか。

 今回は、Twitterではつぶやききれないので、すこし長くなりました。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

 私自身も先輩たちの教えを頂きながら、コツコツ勉強に励んでいきたいと思います。いろいろ討論できたら嬉しいです。

 中国ブログランキングへ
健康ブログ:「我が愛しの上海へ2」-理想の中医学と漢方を求めてhttp://mdfujita.sblo.jp/です。
【連絡】1月18日より中医クリニックは拡張移転しました。新しい住所は上海市中山西路1602号(×柳州路・徐虹北路)宏匯国際広場B座101室です。また土曜午後診察もはじまりました。週末診察は土曜日が午後・夜、日曜日が午前・午後になります。地図はこちらです。
posted by 藤田 康介 at 00:00| 未分類