
中世の町並みを残す、奈良橿原市今井町で40年以上今井町の保存活動を行ってきている今井町町並み保存会の活動の一環で、その県外研修に参加してきました。
今回も、保存会の若林会長をはじめに、NPO法人奈良まほろばソムリエの会の鉄田理事も参加され、非常に密度の濃い研修会になりました。こうした研修会はもう20年以上続いていて、今井町の町作りを住民サイドから盛り上げていくのに大きな役割を担っていると思います。
今回は、根来寺ー黒江ー温山山荘という1日コース。海南方面には行ったことがあったのですが、そこに黒江という集落が紀州漆器の街として残っています。いつも上海から関西空港へ着陸するときに眼下に見えるエリアでもあります。
実は今回の研修で、いつの間にか京奈和自動車道が奈良橿原から和歌山を経由して阪和道路に繋がっているという事実を経験し、しかもこの自動車専用道路から見える葛城山が非常に雄大で、出発から新しい発見ばかりでした。奈良橿原から和歌山方面は遠いというイメージがなんとなくあったのですが、完全に覆されました。
いやはや、日本ではこういう高速道路が完成するのが遅すぎるでしょう。日頃中国で暮らしていて、いま農村エリアでの高速道路の整備が急ピッチで行われているのですが、高速道路の開通が地域経済にもたらす影響の大きさを目の当たりにしているだけに、道路インフラはとても大切だと痛感します。ただ、中国と違って、京奈和自動車道の山間部は対面通行ですのでこれも早く上下4車線にするべきでしょうね。

根来寺は国宝の大塔は、日本最大規模で、高さ40メートル。しかも、中を見学できる数少ない国宝といわれています。1547年築のオリジナルの姿を今に見せています。また、根来寺の本堂となる大伝法堂は、建物こそ江戸時代築ですが、本尊は1405年築で室町時代のもの。住職が非常に詳しくお話してくださり、大変勉強になりました。
もちろん、大塔の木材にある鉄砲の跡も見つけましたよ。

そのあとは、紀州漆器の街、海南市黒江へ。至る所に漆器の工房や漆を入れた樽が散見され、ここが漆器の街として発展して来たことが実感できます。「うるわし館」では、蒔絵体験などもできる施設もありました。さすが越前・会津・山中・紀州の4大漆器生産地の一つです。

黒江はギザギザののこぎり状の町並みが特徴で、これらは江戸時代に黒江の入りを埋め立てた名残と言われています。
江戸時代の民家や、今でもお店やカフエなどに活用されている民家もあり、町家の見学もできます。

集落の高台には、中言神社や浄国寺があり、人々が津波などが来たときに避難できるよう、等高線に沿って通路も作られていました。

浄国寺には時を知らせる太鼓も残されています。
街自体は非常にコンパクトですが、漁村の面影を強く残しており、散策するのには良い感じです。

中言神社には、黒牛像から名水が湧き出ていて、ここから清酒「黒牛」が作られています。酒蔵は「黒牛茶屋」になっていて、休憩所として活用されています。
最後は、琴ノ浦にある温山荘園を見学。

世界有数のベルトメーカーである、新田帯革製造所(現ニッタ株式会社)の創業者、新田長次郎の別荘を見学。これがまた広く、さすがに健康維持のために使われた別荘と言われるだけあります。庭の中を歩くだけでも、十分な運動になります。ここは純和風と思いきや、実はダンスホールが設置されているなど、明治時代の面影を色々感じることが出来ます。

今でこそ庭先は埋め立て地になっていましたが、その当時は海だったそうで、庭の池にも海の水が引き込まれていました。
紀伊半島一帯にはまだまだ沢山の小さな街が沢山残っています。これらの街が、少しでも元気で生命力が出せるように、我々も応援していかなくてはいけません。また、関西空港から離れているわけでもないですし、地元の人たちももっと自信も持って自分たちの街をPRしていかないといけないですね。私が見る限り、まだまだ掘り起こせるネタが沢山あるように思います。
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