2008年01月30日

餃子騒動で思うこと

 日本で発生した餃子の中毒騒動。

 これでまたしばらく中国で作られた食品が日本で見向きもされなくなるでしょうが、中国でもこのような中毒事件が頻発しているかといえば、とくに餃子に関していえば私の知る限りあまりありません。

 ちなみに、冷凍餃子は、いまや中国人の家庭でも冷凍に必ず入っているといってもいいぐらいよく食べられています。

 それだけに、今回の騒動がいったいどういう経緯で発生したのが、十分に考える必要があるように思います。これだけ騒動が大きくなっているので、おそらく中国政府も何らかの調査を行うことでしょう。その調査にも期待したいと思っています。

 ただ、一つ言えることは、中国で中国の製品を中国のメーカーから買っている我々在住者と違って、日本で中国製を買う場合、例え日本の大手メーカーや小売店が販売していても、製造しているのが中国のどういうメーカーなのか分からない。つまり、生産者と小売りの距離が離れれば離れるほど、ブラックボックスが増えていくわけで、消費者としてはますますパッケージなどに飾られた「言葉」を信じるしかない状態となることが分かります。

 これははっきり言って危険です。

 中国で生活していると、最後に信じることができるのは自分の正しい知識と五感しかないということをつくづく感じます。地方に旅行に行くと、店で売っているミネラルウオーターですら、私は偽物ではないかマジマジと確認して買います。そういう習慣がついてしまいました。

 上海でうちの上海人の妻が肉や野菜を買うのをつきあっても、これでもかというぐらい色・形・ニオイを確かめて買っています。豚肉の皮の色を見ながら我々夫婦で討論できるぐらい観察するのです。
 毎日、疑心暗鬼の中で生活している中国人の多くも、そうした感覚を生まれながらにして身につけているのです。

 そろそろ我々日本人も、単に消費者としてお金を払って「消費する」という次元から、人間の本能を十分に活かして、どういうものを食べるべきなのか、食べ物を「生産する」次元で考え直す必要があるのでしょう。
 当たり前ですが、ことに食べる物に関しては既製品など他人が作ったものに頼るばっかりでは、自分たちの安全を完全に守ることができないのです。

 私のある中国の地方都市から来ている患者さんは、病気を回復させるために一大決心をして、生活の基盤を田舎に変えました。そこだったら、自分で納得のできる安心な食べ物を「作る」ことができ、スーパーなどに頼らなくても済むからだそうです。

 逆に、中国のメーカーはこれを契機にがんばって欲しい。日本人が買うか、買わないか、そんな次元の問題ではなく、中国人自分たちの力で、自分たちの安心ブランドを作り上げて欲しい、そう願います。
 人件費・原材料も含めて、生産コストが上昇してしまい、安いだけでは中国もやっていけなくなったのです。餃子の材料となる豚肉もいま中国ですごい値上がりしています。

 「雨降って地固まる」いつかそうなることを期待します。

posted by 藤田 康介 at 00:00| 未分類