2017年08月22日

奈良東吉野村、夏の高見山(たかみさん)登山も悪くない

IMG_7293 (1).jpg  
  近畿のマッターホルンと呼ばれ、すらりとした形が印象的な東吉野村の山、高見山(標高1,249m)。
  我が家のある橿原今井町の近くに神武天皇陵がありますが、この高見山も神武天皇と関係があるようで、頂上に高角神社があることからも山岳信仰の山でもあります。その美しいシルエットは、榛原あたりからもしっかりと見えたりします。私の上海人の友人が、家から見える高見山に憧れて、古民家を買ってしまいました。

  この高見山ですが、樹氷や紅葉の時期に登山する人は多いですが、夏に登るという人はあまり耳にしません。これが今回行ってみて、意外と良かったので、記録しておきます。

IMG_7328 (1).jpg

  今回は小学3年生の娘を連れて登ってきました。今回のルートは、高見山登山口バス停から旧伊勢南街道を経由して、小峠から頂上をめざすルート。駐車場がないので、他のクルマに邪魔ならないように駐車するようにという看板が出ていました。

 午前11時に出発して午後16時の下山だったので、約5時間の行程。もちろん、大人だけだったら、もう少し早くいけると思います。

 子どもにとっても高度をあげるにつれて樹木の表情が変わってくるので楽しく感じたようです。

 夏休みとはいえ、平日だったからか、この時期の高見山は誰一人すれ違うことのない貸しきり状態の山行でした。

IMG_7302.jpg

 登山を始めてからしばらくは、旧伊勢南街道の石畳の道を歩きます。江戸時代は紀州藩の参勤交代にも使われたそうですが、木陰になるのし、石のおかげで歩きやすかったです。当時は、塩や農作物、海産物交易の市が出たほどなので、賑わっていたことなのでしょう。ただ、当時からこの高見山付近は難所だったそうです。

IMG_7368 (1).jpg
 
 天気もまずまずで、高見山の頂上からは奈良の山々が最高でした。
IMG_7362.jpg

 そして、稜線に出たときの涼しさ。
 標高2,000mもない山なのに、まさかここまで涼しくなるとはちょっとびっくりです。
 下界との温度差を非常に感じました。

IMG_7355.jpg

 しかも夜は東吉野村に宿泊しましたが、クーラーどころか、少し肌寒いぐらいの気温でした。近鉄大阪線の榛原駅からたった20分の距離なのに、この違いは大きかったです。

IMG_7360 (2).jpg

 高見山の頂上では、様々な蝶が乱舞していて、これも美しかったです。

IMG_7308.jpg

 これほど街から近いところに大自然を楽しめる山があるのはとても魅力的です。クルマ移動の時間も少なく済みます。付近にも、東吉野村のたかすみ温泉、やはた温泉、少し足を伸ばすと宇陀市のあきのの湯までいけます。

 ただ、いくつか注意点も。
 この山は、登山口に蛇口から沢の水が出ていましたが、それ以外は途中に給水箇所が全くないので、水対策はきっちりとする必要があります。途中看板がありましたが、どうやら平成27年9月にクマが目撃されているとのこと。そして、入山時は、登山届を忘れずに。高見山登山口にあります。

IMG_7333 (2).jpg

IMG_7386.jpg

日本行きのスケジュールはこちらからどうぞ。
東和クリニック・中医科での担当スケジュール
posted by 藤田 康介 at 00:00| Comment(0) | やった〜!日本なり

2017年08月07日

浙江省浦江県潘周家に伝わる伝統麺〜1本の麺、1つの鍋〜

 IMG_6829 (1).jpg
 中国各地を食べ歩くと、必ずその地方独自の食べ物が見つかり、いくら上海にいてもなかなか食べることが出来ない食材、それを発見するのが、中国の旅の楽しみです。創作料理でもなく、ただ伝統的な食を追い求めていくのです。

 そこで浙江省浦江鎮に再び行ってきました。上海からクルマで3時間程度の距離なので、大陸のちょっとしたドライブには良いです。実は、2016年にもこの辺りの村を訪れていて、詳しいことはこちらに紹介しています。

IMG_6818.jpg

 今回は、そこから更に桐廬方面へ北上し、潘周家という人口1,500人ほどの小さな村まで行きました。実は、CCTVでも紹介されていて、長い長い手延べ麺を伝統的に作っていることで有名です。

 この地域に様々な麺料理が伝わっているのも、そもそもこの辺りはかつて小麦の栽培をしていたからだそうです。

 村に入ると、通りには「一根麺」の看板が出ています。一本数メートルあるような麺を、現在では1メートルちょっとにまで切って、8の字に束ねて売っていますが、本来は長いままで一つの鍋で煮て食べるのだそうです。だからこそ「長寿麺」と言われるわけですね。めでたい麺なのです。

 麺といっても、年がら年中作られる訳ではありません。1年でも秋から冬にかけての5ヶ月が気候的に最も適していて、農民達が麺を干す様子が観察されます。現在では機械乾燥も可能になっているそうですが、それでも自然乾燥されるのが一番美味しいのだそうです。ちょうど、奈良の三輪素麺などで素麺が白い滝のようにぶら下げられますが、シーズンになるとそういう光景が広がります。私も、秋口にもう一度出掛けて見に行きたい物です。

IMG_6865.jpg

 せっかくここまでやってきたのだから、どこかのお宅にお邪魔して、麺をご馳走してもらうことにしました。ちょうど、農家楽(農家民宿)の前を通りかかったので、彼らが日常的に食べる麺を作ってもらいました。

 麺の生地はすでに冷蔵庫で熟成されていて、日本の手延べ素麺を作るのと同じように、索餅が保管されていました。それを引っ張り出してきて、伸ばして麺を作ります。この工程を「拉麺(ラーメン)」と中国語では呼びます。

IMG_6813 (1).jpg

 出て来た麺は非常に具だくさん。野菜も鶏肉もいっぱいで、ご丁寧に卵も散らしてありました。まさに親子丼ならぬ、親子麺ですね。鳥の良いスープが出ていて、これが非常に美味しい。麺はうどん並の太麺です。歯ごたえもしっかりとあります。個人的には、豚骨スープよりも鳥スープのほうが味がまろやかで私は好きです。

IMG_6814 (1).jpg

 数百年の歴史を誇る潘周家の麺は、乾燥させた麺も売られていて、こちらは家で湯がいていただきます。たっぷりのお湯を沸騰させ、麺をいれますが、このときに塩や水を加えたりしません。この麺の特徴は、しっかりとした歯ごたえですので、上海人の好きな柔らかな麺とは根本的に違います。もちろん、スープ麺としてでも良いですし、冷まして涼麺として食べても美味しいです。私は、日本のダシで食べましたが、素麺を食べるように頂けました。

IMG_6815.jpg

 さて、潘周家は、小さな村ですが、古い木造家屋も残されていて、ご先祖さんを祀っている祠堂が非常にたくさんあります。ざっと数えただけでも5〜6箇所はありました。一つの村にこれほど祠堂があるのは珍しい。そうした建物をブラブラ歩いてみるのもまた楽しいものです。

IMG_6850.jpg

 あ、野良犬が多いのでご注意くださいね。

日本行きのスケジュールはこちらからどうぞ。
東和クリニック・中医科での担当スケジュール
posted by 藤田 康介 at 00:00| Comment(0) | 中国で食べる

2017年05月10日

重伝建の街、奈良橿原今井町に住む〜観光地ではなく居住地としての発展を

IMG_2156 (1).jpg

 私自身は、大阪生まれの奈良育ち、ご先祖さんも奈良県だし、中学・高校も奈良県なので、なんやかんやいっても奈良県との関わりは深いと思います。上海奈良県人会でも会長を務めさせていただき、現在に至っています。

 ただ、私の少年時代に暮らしていた奈良県というのは、いわゆる新興地の奈良県なので、考えてみれば、奈良県人といえども奈良地元の歴史や文化と関わることはそうなかったように思います。奈良高校に通っていた当時は、奈良公園や「ならまち」はよく行きましたが、橿原今井町の存在すら知りませんでしたから。そして、上海中医薬大学へ行ってしまいました。

IMG_6241 (1).jpg

 96年から上海に渡り、伝統とはまったく対極にある街で生活するようになり、タケノコのように成長する高層ビルを日々みながら、今や日本でも体験できないような最先端の暮らしの真っ只中にいますが、そうすると逆に地面に足のついた伝統的な暮らしが恋しくなります。中医学という古い伝統医学の医師をやっているからこそ、尚更古いものを守っていきたいという気持ちが高まって来たのだと思います。

 そこで、上海で生まれた自分の子供にも、新しい上海だけでなく、古き良き日本とホンモノの奈良の「言葉」を知ってもらいたいと思い、上海⇄奈良今井町の2箇所生活になって3年目。子供は今井町並み保存会の皆様にもお世話になり、すっかり今井と上海双方の子供になっています。私も月に1~2回、多い時だと3~4回上海⇄奈良を往復する生活もすっかりと慣れました。14時に大和八木を出発すると、19時には上海の自宅に着いていますから。今や新幹線を使った奈良から東京出張よりはずっと楽な感覚ですね。乗り換えも少ないですし。
 東京出張だったら、月1~2回ぐらいする人は少なくないでしょう。そういう感覚で私は上海と今井町を往復しています。インターネットで仕事ができる現在、どこに拠点があるか、今や大きな問題ではなくなりつつあります。

IMG_8628.jpg

 こうしたことが実現できるたのも、400年以上の歴史を持ち、かつて町人達が闊歩していた橿原今井町の素晴らしい地の利と関係があります。日本全国に重伝建(重要伝統的建造物群保存地区)がありますが、関西国際空港までバス1本でしかも1時間でいけて、上海など世界各地の都市以外にもまるでドア・ツー・ドアの感覚でいけます。
IMG_8605.jpg

 近鉄橿原線の八木西口(急行停車)の駅までだったら街の入り口から徒歩3分、大和八木駅(特急停車)までも10分歩けばOKですし、大阪にも京都にも名古屋にも出やすい。これほど便利な保存地区はそうありません。しかも、観光地としてそこそこ有名になっているのにも関わらず、町家に人々が今も住んでいて、日常生活が普通に営まれています。これは日本全国見渡してもとても凄いことだと私は思います。

 また、今井町は310m×600mの決して大きくない、本来は環濠があったエリアですが、その昔には花見に立ち寄った豊臣秀吉や、明治天皇も来られました。舞台となった称念寺は町の中にあり、いま大修復中です。寺内町として発展した今井町の原点でもあります。

IMG_1696.jpg

 実は桂小五郎や三条実美も、現存する山尾邸(見学可)に宿泊しています。このエリアに今でも500軒以上の伝統的建築物が残されていて、如何にその当時、今井町が隆盛を誇っていたか分かるかと思います。大町家の規模は、本当に凄いです。

 歩いていける範囲で橿原神宮や大和三山の畝傍山、神武天皇陵もあります。これらは強力なパワースポットですし、甘樫の丘や明日香村の石舞台古墳などの名勝旧跡もサイクリングで十分に行ける距離です。こうした距離の近さも、もともと私自身も奈良県人でありながら、今井町に住んでみて初めて気がつきました。そして、宇陀市や天川村、十津川村、吉野村など奈良県南部の山や温泉地へのアクセスも非常に良いです。昔の今井の町人は、本当に便利なところに町を作ったものだと感心します。

IMG_3774.jpg

IMG_3949.jpg

 いまでもこの小さなエリアに、郵便局や銀行もあります。今井町内にある南都銀行畝傍支店は、南都銀行創立に非常に重要な役割を果たした銀行でもあります。昭和レトロを感じさせるお風呂屋さん「蘇武湯」は我が家のお気に入りです。

IMG_2153 (1).jpg

 また、環濠集落のすぐ近くには今井小学校がありますし、幼稚園や最近町家を改修して作られた市の学童保育の施設もあります。

IMG_6246.jpg

 市役所もすぐそばですし、一通り歩いて用事が済ませられるというのは非常に便利で、確かにクルマは中に入ってこられませんが、道路が狭いのが幸いして、子供たちが大手を振って道路を歩くことができます。下手にクルマを運転すると確実に脱輪します(笑)。

IMG_6432 (1).jpg

 マイカーがなくても、大和八木駅前のレンタカーで用事が片付く私にとっても全然困りません。また、大和八木駅前まで歩いて行くと、県下でも有名な塾や予備校も充実していて、私も中学時代は大和八木駅界隈まで通っていたので懐かしいです。そういった関係か、今井小学校の今年の1年生の入学者数は大幅に増えており、子供の減少が続く昨今の日本で珍しい現象になっています。

 今井町では、歴史的にも町並みの保全に関しては実に様々な議論があったようですが、1993年12月に重要伝統的建造物群保存地区に指定されました。今でも地元の人に話を聞くと、色々な意見が飛び出しますが、私のように外からきたものからすれば、重伝建地区であるからこそ、変な建物が建てられる心配がないし、町並みがちゃんと将来にわたって保全される安心感があります。それが街全体の価値を高めていることに気がつかないといけません。ちなみに電線が地中化されるスピードも急ピッチです。

IMG_3788 (1).jpg

 そこで私も2017年から今井町で小さな町家を1軒リノベーションすることになりました。これから数年かかるかもしれませんが、楽しみの一つです。さっそく準備に取りかかっています。ニュータウンの新しい家は上海でも体験積みですし、やはり古い家のリノベーションに強く憧れます。いまや、ニュータウンやマンションでも空き家が溢れている時代。新しいモノをわざわざ建てるより、古い町家を再生し、数百年続いた伝統的な町並みを残すことが日本を元気にできると思っています。

IMG_3968.jpg

IMG_3986 (1).jpg

 今井町内には、最近、飲食店を中心に店も増え始めています。観光客も来るようになり、複雑な路地を迷われる方も多いですが、今井町は観光客が何人来たか?と数を数えるよりも、住民が住むことで輝きが増してくる街だと思います。というか、今でも十分に便利に暮らせるまちだと思いますし、一度は体験してみるのもよいかもしれません。ここには400年以上にわたる我々日本人の知恵が詰まっています。

IMG_3863.jpg

 よく、東京から来た友人などに、重伝建地区には住めないと誤解されていますが、決してそうではなく、むしろ少しでも空き家を減らし、街に活気を取り戻す活動がNPOを中心に行われています。私も今井町に移住するにあたり、いろいろお世話になりました。農村の田舎に移住することと比較すると、都会にも田舎にも近いですし、ハードルは低いと思います。

 実は、近年、私と同じような気持ちになった上海人もいて、奈良の田舎に古民家を買って、上海⇄奈良の2箇所生活をされる富裕層が出始めています。これからこういう日本の田舎が好きになる上海人も増えてくることでしょう。上海人だけでなく、その他の外国人も関西空港を中心とした奈良のアクセスの良さに気づき始めています。

 関西空港を通じて広がる今井町と世界とのネットワーク。今井商人の新しいスタイルが登場するかもしれません。

日本行きのスケジュールはこちらからどうぞ。
東和クリニック・中医科での担当スケジュール
posted by 藤田 康介 at 00:00| Comment(0) | 今井町町家再生プロジェクト